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Osaka dialect course opens window to voices beyond Japanese standard

台湾名門大学が関西弁講座を開設――標準語を超えた日本語の多様性へ

台湾大学は8月27日まで全16回・各回110分の関西弁集中講座を開設し、約30名が受講した。担当講師の李宇璽氏(29歳)は、関西弁を標準語の変種ではなく独立した言語として教えることの重要性を主張している。

台湾の街角には日本語があふれている。ショップの看板には「かわいい」「激安」「食べ放題」といった文字が並び、日本人観光客にも台湾人にも親しまれている。しかしそうした日本語の大半は、商業と観光の文脈に限定されたものだ。そのような状況のなかで、ある名門大学が極めて珍しい選択をした。大阪とその周辺地域で話される関西弁を、正規の授業として教えることにしたのである。海外の日本語学習者にとって関西弁に触れる機会はほとんどなく、主流の語学教育においても見過ごされがちな言語形式だ。

--- 背景 ---

台湾では日本語は至るところに存在する。観光地の案内板から飲食店のメニューまで、日本語由来の表現が日常生活に溶け込んでいる。だが、そこで使われる日本語はほぼ例外なく標準語、すなわち東京を基盤とした共通語である。関西弁のような地域方言が体系的に教えられることは、東アジアの大学においてきわめてまれだ。そうした状況のなかで、台湾最高峰の学術機関が一歩踏み込んだ。

--- 事実 ---

台湾大学は、同国で最も権威ある高等教育機関であり、この夏、関西弁の集中講座を開設した。担当講師は李宇璽氏、29歳。台湾大学で日本語言語学の修士号を取得している。講座は8月27日まで実施され、全16回、各回110分の授業で構成された。参加者は約30名にのぼり、大学生から社会人、中高年層まで幅広い年齢層が集まった。

李氏が関西弁と出会ったのは2019年、大阪大学への留学中のことだった。帰国後に修士号を取得し、本格的に関西弁の研究を始めた。彼自身のアクセントは大阪府北部の北摂地域に由来しており、留学先の大学があった場所であり、現在も友人関係が続く土地でもある。講座では李氏が独自に作成したテキストを使用し、アクセント・イントネーション・文法の3点を重点的に指導した。受講生の一人、郭天宇氏は21歳で、生物資源農学部の3年生だ。彼は、話す際に関西弁と標準語を混同しないようにすることの難しさを語った。

李氏によれば、関西弁に関するオンライン上の情報の大半は、単語や表現の置き換えを示すにとどまり、その背後にある構造を説明していない。テレビやYouTubeを通じた気軽な学習と比較しても、視聴者が得るのはぼんやりとした印象にすぎないと李氏は指摘する。なぜ関西弁のイントネーション体系がそのように機能するのかを説明することこそ、正規の指導に求められると彼は主張する。

--- 当事者の立場 ---

李氏は、関西弁を標準語の従属的な変種としてではなく、独立した言語として学ぶべきだと主張する。関西弁は関西の人々の母語であり、文化的な根幹をなすものだという立場だ。彼はこの主張を台湾の多言語的現実と重ね合わせる。台湾では国語として指定された中国語のほかに台湾語などの言語が共存しているように、関西弁もそれに匹敵する言語的正当性を持つというのだ。この位置づけは、「方言」と呼ばれる形式と「共通語」と指定される形式との区別そのものに、暗黙のうちに疑問を投げかけている。

--- 未解明の点 ---

受講生の定着率、学習成果、あるいは修了認定の要件に関する情報は存在しない。この講座が、台湾の学生たちが日本語を言語的に多元的なシステムとして捉え直すうえでどのような影響を与えるかも、現時点では不明である。

--- 未回答の問い ---

東アジアの大学において専門的な方言教育がいまだ希少であるにもかかわらず、この講座がなぜ短期間で定員に達したのか?全16回の集中講座が終了した後、受講生が関西弁の能力を維持するためにはどのような仕組みが必要なのか?この取り組みは、台湾大学が多元的な日本語教育に対して制度的な関与を示すものなのか、それとも単発の実験的試みにとどまるのか?

--- EPM分析 ---

李氏が提示するのは、日本語を均質な単一体として捉えるのではなく、日本語話者の世界に内在する言語的豊かさを認めるという視点だ。台湾の学生たちは、台湾語が制度的に優位な中国語と並存するという自国の言語政治を日々生きている。そうした学生にとって、関西弁を独立した言語として学ぶことは、文法の習得にとどまらない意味を持つ。それは、周縁化された言語が教育空間において認知と正当性を獲得していく過程を、身をもって体験することでもある。

この講座が示す問いは、教室の外にも広がる。標準語を唯一の規範とする日本語教育の枠組みは、どこまで普遍的であり得るのか。関西弁を「方言」として括ることで、何が見えなくなっているのか。台湾という場所でこの問いが立てられたことは、偶然ではないかもしれない。言語の多様性をめぐる問いは、台湾社会が長年向き合ってきた問いと深く共鳴している。

📌 EPMの結論: 関西弁を標準語の従属的変種ではなく独立した言語として位置づけるこの試みは、中心と周縁の権力構造を支える言語的ヒエラルキーそのものに問いを突きつける。台湾という、自国の言語的多元性と向き合い続けてきた社会においてこの講座が開かれたことは、単なる語学教育の話にとどまらない政治的な重みを帯びている。定員が急速に埋まったという事実は、観光消費を超えた日本との真摯な接続を求める学習者の渇望を示唆している。しかし、方言に焦点を当てた教育を制度として拡充していく長期的な計画は、いまだ記録されていない。この講座は、世界規模で標準化された日本語教育のあり方に対する、静かだが鋭い異議申し立てである。

✍️ Erick Prometeo | erickprometeomedia.com

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